English translation coming soon!
アオテアロア大学マヌカウキャンパスを出発した私たちは、アオテアロア大学発祥の地、アオテアロア大学アパクラキャンパスを訪れました。学長のベンサムさんや地域マネージャーのブレッドさんを始めとする大学スタッフが私たちを迎えて下さいました。
大学スタッフとのポーフィリ(正式な歓迎の儀式)を終えた私たちは、マオリのタオンガ(宝物)が多く置かれ、壁には大学の歴史がたくさん書き記してある部屋へ移り、アオテアロア大学の歴史に関わって来た人々とのポーフィリも行いました。
大学のみなさんの暖かい歓迎を受け、美味しい昼食を頂いた後は、また先程のタオンガ(宝物)と歴史の部屋へ戻り、このアオテアロア大学アパクラキャンパスの歴史についてのレクチャーを聞きました。担当して下さったのは、大学スタッフのテマプタニ・オーマスさん。そして私たちとこの場を共にして下さったのは「マーおばさん」の愛称でみんなから慕われている創設者の一人、マリー・パナパさんでした。
この大学は、当時の主流社会の一般的な教育では困難な状況に置かれていた人のために、と考えを共にした20人で造り上げられ、今ではアオテアロアで二番目に大きな大学組織となっていることを学びました。また、当時の主流教育機関から追い出されたマオリの学生たちと共にこの学校がスタートしたことも知りました。1985年に扉が開かれたこの学校は、パケハ(白人)とマオリが共にある場所としても作られたそうです。マオリだけのためではなく、全ての人に開かれた大学であることに改めて感心させられました。
私たちの旅をサポートして下さっているAMOのケイト・チャーリントンさんからは、ここにみなさんを連れてくることで、アオテアロア大学組織の母を知ってほしかったこと、本当に最初は、有害なゴミ捨て場の土地を1ドルで買ったことから始まったことを教えて下さった。そして、マーおばさんが、政府、主流社会などの許可など待たずに学びの場を実現する行動を起こしたことを伝えて下さいました。
関根真紀さんが、アイヌの学びの場を作りたいが、どうすればいいのか始めの一歩を教えてほしい、と質問すると、マリーさん(マーおばさん)は「どこか建物か部屋を見つけて、その建物に名前を書くのです。そして関わってください。関わることを決めてください。赤ちゃんから始まる言語の巣を作ってください。そうすれば彼らはすごい早さで成長していくから。」と答えられました。マーおばさんが何の許可も待たなかった、という意味がやっとわかったような気がした瞬間でした。マリーさんの言葉の一つ一つは参加者の不安を払いのけて力強く背中を押して下さったように感じました。
その後私たちはアオテアロア大学マンガコトゥクトゥクキャンパスへと向かいました。
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