プログラム6日目後半は、ワイカトータイヌイ部族によって運営されているテ・アワ・ショッピングモールの見学に行きました。
ハミルトンにあるこのモールには、海や川の守り神であるタニファの歯がモチーフとしてあしらわれており、ショッピングモールの名前「テ・アワ」は川(The river)という意味のマオリ語です。ワイカトータイヌイ部族の重要な川であるワイカト川がしっかりと表されているところに、文化的アイデンティティの現れがあります。
また、建物の作りも、ワイカト川とワカ(カヌー)という二つのコンセプトから成っています。
また、午後はベンサムさんと一緒に昨日の振り返りと、帰ってからアイヌがイマージョン学校をつくっていくという構想について話し合いました。様々な障壁や、難しく感じられる点とともに、マオリの人たちが同じような状況でひたすらに行動を起こして小規模から親たちが動き出したことが30年経ってここまで立派な状況まで発展してきたことを思い起こしました。
ベンサムさんからのメッセージは、現時点でのマオリとアイヌの状況の違いに注目することに終始するのではなく、今のアイヌと同じ状況下にあった当時のマオリたちがどのように行動を起こしたのかを参考にしてほしいということです。
ベンサムさんは、バリアとなるのは頭の中の考え方であって、財源や政策ではないと強調されました。今まさに当時のマオリの親世代たちが直面していた挑戦に、このプログラムに参加した研修生のみなさんは直面していると言えます。一人一人の思いを深める話し合いの機会でした。
Thursday, February 8, 2018
6日目前半:幼稚園〜高校一貫イマージョン校、戦地跡見学
プログラム6日目前半は、幼稚園〜高校一貫イマージョン校テ・ファレクラ・オ・ラーカウマンガと、その近くの戦地跡ランギリリ・パを訪問しました。
ラーカウマンガはベンサムさんの友人のポータカさんのご両親が一般の学校だった頃からバイリンガル校へと変え、さらにマオリ語イマージョン校へと改革した学校です。唯一幼稚園〜高校までのイマージョン校として、アオテアロア中の学校や国境を越えて世界中の教育施設のお手本となっています。
ここでのポーフィリは、ウェロと呼ばれるマオリの戦士が伝統的な衣装でタイアハ(槍)を持って訪問者に目的を問う挑戦的な方法で行われました。学校の13年生にあたる男子生徒12人が伝統的な衣装と武器を手にハカを舞いながら私たちをマラエへと導いてくれました。マラエの中では先生方と女子学生のみんなが力強いハカの歌声で迎えてくれました。
たくさんのワイアタ(歌)とウポポが響くポーフィリでした。アイヌについての説明や、ムックリ演奏もアイヌ参加者によって行われて、ムックリを生徒たちに回して参加者が鳴らし方を教えて周り、にぎわいました。生徒たちや先生からたくさんの質問が寄せられました。
その後は生徒たちが学校内をツアーガイドしてくれて、実際にクラスが行われている教室や図書館などを見せていただきました。学校を訪ねたいというリクエストが絶えない中で、私たちが迎え入れてもらえたことはとても幸運なことでした。第二回研修に参加したアイヌの皆さんにこの学校を見てアイディアを持ち帰ってほしい、未来へとつなげてほしいというベンサムさんと、ラーカウマンガ校の先生方の気持ちを感じました。
その後は2人の男子生徒がランギリリ・パというイギリス軍とマオリとの戦場跡をツアーガイドして、先祖である戦士たちが勇敢に戦って土地を守ろうとしたことや、マオリ王を守ったこと、この地で何が起こったのかの物語を話してくれました。17歳で先祖の歴史の物語をここまで語ることができる素晴らしさに刺激を受けました。また、そういうことがあった戦地跡をモニュメントやマオリの彫刻を作って思い起こし、次世代の子供たちへ伝えていこうとしていることも印象的でした。
ラーカウマンガはベンサムさんの友人のポータカさんのご両親が一般の学校だった頃からバイリンガル校へと変え、さらにマオリ語イマージョン校へと改革した学校です。唯一幼稚園〜高校までのイマージョン校として、アオテアロア中の学校や国境を越えて世界中の教育施設のお手本となっています。
ここでのポーフィリは、ウェロと呼ばれるマオリの戦士が伝統的な衣装でタイアハ(槍)を持って訪問者に目的を問う挑戦的な方法で行われました。学校の13年生にあたる男子生徒12人が伝統的な衣装と武器を手にハカを舞いながら私たちをマラエへと導いてくれました。マラエの中では先生方と女子学生のみんなが力強いハカの歌声で迎えてくれました。
たくさんのワイアタ(歌)とウポポが響くポーフィリでした。アイヌについての説明や、ムックリ演奏もアイヌ参加者によって行われて、ムックリを生徒たちに回して参加者が鳴らし方を教えて周り、にぎわいました。生徒たちや先生からたくさんの質問が寄せられました。
その後は生徒たちが学校内をツアーガイドしてくれて、実際にクラスが行われている教室や図書館などを見せていただきました。学校を訪ねたいというリクエストが絶えない中で、私たちが迎え入れてもらえたことはとても幸運なことでした。第二回研修に参加したアイヌの皆さんにこの学校を見てアイディアを持ち帰ってほしい、未来へとつなげてほしいというベンサムさんと、ラーカウマンガ校の先生方の気持ちを感じました。
その後は2人の男子生徒がランギリリ・パというイギリス軍とマオリとの戦場跡をツアーガイドして、先祖である戦士たちが勇敢に戦って土地を守ろうとしたことや、マオリ王を守ったこと、この地で何が起こったのかの物語を話してくれました。17歳で先祖の歴史の物語をここまで語ることができる素晴らしさに刺激を受けました。また、そういうことがあった戦地跡をモニュメントやマオリの彫刻を作って思い起こし、次世代の子供たちへ伝えていこうとしていることも印象的でした。
Wednesday, February 7, 2018
5日目:戦地跡、マオリ王のマラエ、ワイカト・タイヌイ大学院訪問
プログラム5日目は、カウィティ・マラエ近くの戦地跡と、移動してマオリ王のマラエ、そしてワイカト・タイヌイ大学院へ行きました。
イギリス軍とマオリの戦地跡訪問は、カウィティ・マラエで最後のカラキア(お祈り)をしてみなさんとお別れしたあとで、カウィティ・マラエのアニアタさんのガイドで戦地跡ルア・ペカペカ・パで説明をお聞きしました。先祖であり当時のチーフであったカウィティがいかに戦略的にイギリス軍と戦ったのかを聞きました。この地域の人々が先祖のことを忘れないように先祖の話を伝え続けていることもわかりました。
次に4時間かけてワイカトへ向かい、マオリ王のマラエ、トゥーランガワエワエ・マラエへ行きました。
年長者たちが出迎えてくださり、とても正式なポーフィリを行いました。その後、マラエの彫刻に刻まれたこの地の物語を学びました。また、20世紀のマオリ王運動を蘇らせたテ・プエア・ヘランギ女王の夢についても学びました。自分一人で夢を抱いていても叶うことはないが、全員で同じ夢を見たなら叶えることができる、という彼女の言葉は私たちにも響くものだったように思います。
その後移動してワイカト・タイヌイ大学院へ向かいました。まずベンサムさんがロバート・テコタヒ・マフタさんというこの学校の創設者の眠る場所を説明して彼に敬意を表しました。次に大学院の中へ入りリサーチマネージャーのナタリーさんにエントランスに並ぶ天井まである彫刻の数々の物語を説明してもらいました。その後カンファレンスルームへ移り、ワイカト・タイヌイ部族関係者の4人がデータベース化プロジェクト、言語復興、財源確保など様々な観点からのワイカト・タイヌイ部族の発展のための活動を紹介してくださいました。非常に先鋭的なプロジェクトの数々に刺激をもらいました。
イギリス軍とマオリの戦地跡訪問は、カウィティ・マラエで最後のカラキア(お祈り)をしてみなさんとお別れしたあとで、カウィティ・マラエのアニアタさんのガイドで戦地跡ルア・ペカペカ・パで説明をお聞きしました。先祖であり当時のチーフであったカウィティがいかに戦略的にイギリス軍と戦ったのかを聞きました。この地域の人々が先祖のことを忘れないように先祖の話を伝え続けていることもわかりました。
次に4時間かけてワイカトへ向かい、マオリ王のマラエ、トゥーランガワエワエ・マラエへ行きました。
年長者たちが出迎えてくださり、とても正式なポーフィリを行いました。その後、マラエの彫刻に刻まれたこの地の物語を学びました。また、20世紀のマオリ王運動を蘇らせたテ・プエア・ヘランギ女王の夢についても学びました。自分一人で夢を抱いていても叶うことはないが、全員で同じ夢を見たなら叶えることができる、という彼女の言葉は私たちにも響くものだったように思います。
Tuesday, February 6, 2018
4日目:ワイタンギ・デー
プログラム4日目は、カウィティ・マラエからワイタンギ条約が結ばれた日を記念したワイタンギ・デーの祝典に向かいました。
ワカ(カヌー)に乗って多くの男性、女性、子供たちのワカが岸から漕ぎ出し、別の海岸へと伝統的な方法にのっとりマオリ語で掛け声をかけながらワカを進めました。2013年の第一回研修では私たちも前日から泊まり込んでワカの漕ぎ方の特訓に参加したことを思い出しました。
その後はテントで他国の先住民がゲストスピーカーとして壇上に立ってそれぞれの脱植民地化の戦略や先住民として強くあるための鍵などを話し、そこにアイヌ参加者も呼ばれて話しをしました。
その後ワイタンギ条約が結ばれた地へ行き、そこにある一般に開放されているマラエに入り、アラマさんにマラエに施された彫刻の説明をしていただきました。マラエの中の壁に施された彫刻は、北の地域、ロトルア地方、東海岸のそれぞれの部族の先祖が表されていました。
夜はこの日最も良い経験は何だったかを一人一人話してシェアしました。夜遅くまで話が続き、深まりました。
ワカ(カヌー)に乗って多くの男性、女性、子供たちのワカが岸から漕ぎ出し、別の海岸へと伝統的な方法にのっとりマオリ語で掛け声をかけながらワカを進めました。2013年の第一回研修では私たちも前日から泊まり込んでワカの漕ぎ方の特訓に参加したことを思い出しました。
その後はテントで他国の先住民がゲストスピーカーとして壇上に立ってそれぞれの脱植民地化の戦略や先住民として強くあるための鍵などを話し、そこにアイヌ参加者も呼ばれて話しをしました。
その後ワイタンギ条約が結ばれた地へ行き、そこにある一般に開放されているマラエに入り、アラマさんにマラエに施された彫刻の説明をしていただきました。マラエの中の壁に施された彫刻は、北の地域、ロトルア地方、東海岸のそれぞれの部族の先祖が表されていました。
夜はこの日最も良い経験は何だったかを一人一人話してシェアしました。夜遅くまで話が続き、深まりました。
Monday, February 5, 2018
3日目:カウィティ・マラエ訪問
プログラム3日目は、アオテアロア大学で朝のスタッフミーティングに参加したのち、北へ移動すること4時間、ワイタンギの近くのカウィティ・マラエを訪問しました。
カウィティ・マラエではケイトさんの親戚のターシャさんとアラマさん夫妻、アニアタさんなどが暖かく迎えてくださいました。初めての正式なポーフィリでカウィティ・マラエの家族として迎えていただきました。
その後はアラマ・レイハナさんのガイドでカウィティ・ケーブへ向かい、星空のように光るツチボタルを見ました。また、山に登ってシルバーファーンのお話を聞きました。アラマさんは1995年に日本に一年間来ていたので説明も日本語で行ってくださいました。
夜はカウィティ・マラエで一人ずつ話をして、カウィティ・マラエの家族のことや、どのように先祖であるカウィティがこの地の人々を守るために努力してくれたのかを聞きました。アイヌ参加者も一人一人自己紹介とそれぞれの思いを話して、マオリのやり方に沿ってスピーチのあとにアイヌの歌で話してくれた人をサポートしました。 一人一人の話をその場にいるみんなが受け止め、しっかりと耳を傾けて聞く時間でした。
カウィティ・マラエではケイトさんの親戚のターシャさんとアラマさん夫妻、アニアタさんなどが暖かく迎えてくださいました。初めての正式なポーフィリでカウィティ・マラエの家族として迎えていただきました。
その後はアラマ・レイハナさんのガイドでカウィティ・ケーブへ向かい、星空のように光るツチボタルを見ました。また、山に登ってシルバーファーンのお話を聞きました。アラマさんは1995年に日本に一年間来ていたので説明も日本語で行ってくださいました。
夜はカウィティ・マラエで一人ずつ話をして、カウィティ・マラエの家族のことや、どのように先祖であるカウィティがこの地の人々を守るために努力してくれたのかを聞きました。アイヌ参加者も一人一人自己紹介とそれぞれの思いを話して、マオリのやり方に沿ってスピーチのあとにアイヌの歌で話してくれた人をサポートしました。 一人一人の話をその場にいるみんなが受け止め、しっかりと耳を傾けて聞く時間でした。
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